神戸地方裁判所 平成4年(わ)26号 判決 1992年6月25日
本籍
神戸市須磨区若木町一丁目一〇番
住居
神戸市須磨区若木町一丁目一〇番二〇号
婦人靴製造業
藤長俊彦
昭和一七年六月一八日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官巖文隆及び弁護人小林照佳各出席のうえ審理をし、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役一年二月及び罰金二五〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、神戸市長田区川西通三丁目一六番三号所在の暁星ビル二階において、「フジシューズ」等の名称で婦人靴製造業を営んでいるものであるが、自己の所得税を免れようと企て、
第一 昭和六三年文の総所得金額は四四九二万一一三三円で、これに対する所得税額は一七七四万五五〇〇円であるにもかかわらず、自己の所得の一部を除外するなどの行為により、総所得金額のうち四〇〇三万六〇一三円を秘匿した上、平成元年三月一四日、神戸市須磨区衣掛町五丁目二番一八号所在の所轄須磨税務署において、同税務署長に対し、昭和六三年分の総所得金額は四八八万五一二〇円で、これに対する所得税額が三五万一〇〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額一七七四万五五〇〇円との差額一七三九万四五〇〇円を免れ
第二 平成元年分の総所得金額は五七三八万七八〇一円で、これに対する所得税額は二三八九万六〇〇〇円であるにもかかわらず、前同様の行為により、総所得金額のうち五〇八一万八七六六円を秘匿した上、平成二年三月一四日、前記須磨税務署において、同税務署長に対し、平成元年分の総所得金額は六五六万九〇三五円で、これに対する所得税額が六五万四八〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額二三八九万六〇〇〇円との差額二三二四万一二〇〇円を免れ
第三 平成二年分の総所得金額は一億二〇三〇万四九一四円で、これに対する所得税額は五五三九万一〇〇〇円であるにもかかわらず、前同様の行為により、総所得金額のうち、一億一三六九万四九一五円を秘匿した上、平成三年三月一三日、前記須磨税務署において、同税務署長に対し、平成二年分の総所得金額は六六〇万九九九九円で、これに対する所得税額が六七万七四〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額五五三九万一〇〇〇円との差額五四七一万三六〇〇円を免れ
たものである。
(証拠の標目)
一 大蔵事務官作成の脱税額計算書三通(検甲一号は第一事実、検甲二号は第二事実、検甲三号は第三事実について)
一 被告人作成の所得税確定申告書謄本三通(検甲四号は第一事実、検甲五号は第二事実、検甲六号は第三事実について)
一 大蔵事務官作成の脱税額計算書説明資料(検甲七号)
一 大蔵事務官作成の査察官調査書二五通(検甲八ないし一〇・一二ないし二二・二四ないし二六・二八ないし三一号の二一通は全事実、検甲一一・二三号は第二・第三事実、検甲二七号は第三事実、検甲三二号は第一・第三事実について)
一 原田富子(一通)、藤原勝治(一通)及び石岡一夫(二通)の検察官に対する各供述調書
一 藤長幸子の検察官(三通)及び大蔵事務官(四通)に対する各供述調書
一 被告人の検察官(二通)及び大蔵事務官(検甲四五ないし五一号の七通)に対する各供述調書
一 被告人の当公判廷における供述
(法令の適用)
罰条 所得税法二三八条一項・二項
刑種の選択 懲役刑及び罰金刑の併科を選択
併合罪の処理 刑法四五条前段及び同法四七条本文・一〇条(懲役刑につき、最も重い判示第三の罪の刑に法定の加重)、四八条二項(罰金刑につき、罰金額を合算)
労役場留置 刑法一八条
執行猶予 刑法二五条一項
(量刑の事情)
本件は三年分の脱税額合計約九五三五万円・脱税率九八・二パーセントの所得税法違反の事実である。脱税率が高い上、当初から売上の一部を除外し、平成元年からは「メジュール藤長勝治」の名称で販売した商品の売上・仕入れ等を全部除外し、いずれも表の帳簿に記帳しないで脱税を計画し、しかも所得税の確定申告に当たってはそれさえも無視して、税理士に指示して、被告人の希望する売上額・所得額・所得税額に合うよう、適当に諸帳簿類を作成させていたもので、所得税を正しく申告しようという姿勢が全く見られない。近時、脱税の罪は国民全体の不利益において脱税者一人が不当に利益をむさぼる反社会的・反道徳的犯罪であるとして、社会的非難が強まりつつあり、本件も犯情は決して軽くない。ただ、除外された売上・仕入れなども裏の帳簿類に全て記帳されていて、税務当局の調査などにより容易に取引の全貌が把握されたと考えられ、また被告人や妻も特に隠すこともなく調査・取調べに応じ、早期に本税・加算税・延滞税及び地方税など全ての税金を納付した事実、脱税の動機は、被告人の営むファッションシューズの製造・販売業は当たり外れが極めて多く、時には業績が急激に落ち込むというリスクの大きい業種である上、受取手形の不渡りで大きな痛手を受ける危険もあり、これらを避けて営業を発展的に継続するために、資金力を蓄積しておきたかったと言うのであって、脱税を正当化できないまでも、これまで夫婦家族で懸命に働いて今日の営業を築いてきた被告人に対しては、幾分は同情できる動機であること、被告人にはこれまでに前科前歴が全くなく、本件を妻と共に真摯に反省していること、これらの諸事情を考慮すると、主文程度の量刑が相当である。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 田中明生)